会社概要

Company overview

会社概要

会社名映文社印刷株式会社
設立1935年(昭和10年)
資本金16,000,000円
役員
代表取締役社長山里  恵(佐藤)
取締役矢部 一憲
取締役矢部真太郎
取締役営業本部長元木 純一
監査役虷澤  力
業務内容出版関連・商業関連印刷および製本
主要取引小学館・集英社・文藝春秋・白泉社(敬称略)
従業員数5名
取引銀行みずほ銀行 九段支店 ・ 商工中金 神田支店
所在地
本社〒101-0065
東京都千代田区西神田3-2-1
住友不動産千代田ファーストビル南館14階
TEL (03)6823-5369 FAX (03)5210-9161
工場〒174-0063
東京都板橋区前野町6-5-1
三松堂印刷株式会社 板橋工場
TEL (03)3965-8021 FAX (03)5916-0601
会社名映文社印刷株式会社
設立1935年(昭和10年)
資本金16,000,000円
役員
代表取締役社長山里  恵(佐藤)
取締役矢部 一憲
取締役矢部真太郎
取締役営業本部長元木 純一
監査役虷澤  力
業務内容出版関連・商業関連印刷および製本
主要取引小学館・集英社・文藝春秋・白泉社(敬称略)
従業員数5名
取引銀行みずほ銀行 九段支店 ・ 商工中金 神田支店
所在地
本社〒101-0065
東京都千代田区西神田3-2-1
住友不動産千代田ファーストビル南館14階
TEL (03)6823-5369 FAX (03)5210-9161
工場〒174-0063
東京都板橋区前野町6-5-1
三松堂印刷株式会社 板橋工場
TEL (03)3965-8021 FAX (03)5916-0601

映文社印刷の歴史

映文社印刷は1935年(昭和10年)、創業者佐藤春雄が東京市神田区の今川小路(現在の神田神保町)にて創業致しました。

当時1940年前後は洋画の全盛期で、アメリカ映画東京支社よりパラマウント、ユーナイテッド・アーチスツ、コロムビア、アールケオ、ワーナーブラザーズ等の検閲台本(映画の中で俳優の発声する声をすべて記録するもの)の印刷製本から映文社の歴史が始まりました。

1939年頃、戦争の様相がいよいよ濃くなるに従い洋画の輸入は禁止になり日本映画社より戦争ニュース、占領地の宣撫班用映画の台本の印刷製本に変わっていきました。

戦後、謄写版印刷の全盛期を経てタイプ印刷へと時代が変わった頃、出版社様とのお付き合いを頂くようになり、現在の映文社があります。祖父の思い入れの強かった書は「原色世界百科大事典」と聞いております。

(創業者 佐藤春雄の手記より引用)
1935年(昭和10年)佐藤春雄(創業者)が東京市神田区の今川小路、現在の神田神保町で映文社を開業。
謄写印刷による映画台本、英和対訳台本などを主要業務とする。
1957年(昭和32年)個人企業から会社組織に改め、有限会社映文社とする。このころより、和文タイプライター、杖葉印刷機等を導入し、生産体制の近代化を図る。
1974年(昭和49年)社名および組織を改め、映文社印刷株式会社とする。
このころより菊全判印刷機の導入を進め、生産性向上を図る。
1978年(昭和53年)電子組版システムを設置、あわせてパソコン、日本語ワープロ等を導入し製版電子化を図る。
1989年(平成元年)両国工場を開設、業務拡大を図る。
1992年(平成4年)創業社長死去に伴い、前社長・佐藤雄平が業務を継承する。
1997年(平成9年)DTPシステムを導入、完全自動化を図る
2002年(平成14年)本社業務拡大のため、千代田区猿楽町に本社ビルを購入し移転する。
2006年(平成18年)本社にMac、両国工場にCTPシステムを導入し、刷版のデジタル化を図る。
2012年(平成24年)佐藤雄平死去に伴い、多田隆が社長となる。
2013年(平成25年)さらなる業務拡大のため両国工場を取得する。
2017年(平成29年)さらなる発展、お客様サービス、チーム戦力向上によるグループシナジーを発揮する為、三松堂ホールディングス株式会社と資本提携をする。それに伴い、佐藤 恵が社長となる。
2019年(平成31年)業務拡充とグループシナジー向上を計る為、三松堂印刷板橋工場へ機能を移転する。
1935年(昭和10年)佐藤春雄(創業者)が東京市神田区の今川小路、現在の神田神保町で映文社を開業。
謄写印刷による映画台本、英和対訳台本などを主要業務とする。
1957年(昭和32年)個人企業から会社組織に改め、有限会社映文社とする。このころより、和文タイプライター、杖葉印刷機等を導入し、生産体制の近代化を図る。
1974年(昭和49年)社名および組織を改め、映文社印刷株式会社とする。
このころより菊全判印刷機の導入を進め、生産性向上を図る。
1978年(昭和53年)電子組版システムを設置、あわせてパソコン、日本語ワープロ等を導入し製版電子化を図る。
1989年(平成元年)両国工場を開設、業務拡大を図る。
1992年(平成4年)創業社長死去に伴い、前社長・佐藤雄平が業務を継承する。
1997年(平成9年)DTPシステムを導入、完全自動化を図る
2002年(平成14年)本社業務拡大のため、千代田区猿楽町に本社ビルを購入し移転する。
2006年(平成18年)本社にMac、両国工場にCTPシステムを導入し、刷版のデジタル化を図る。
2012年(平成24年)佐藤雄平死去に伴い、多田隆が社長となる。
2013年(平成25年)さらなる業務拡大のため両国工場を取得する。
2017年(平成29年)さらなる発展、お客様サービス、チーム戦力向上によるグループシナジーを発揮する為、三松堂ホールディングス株式会社と資本提携をする。それに伴い、佐藤 恵が社長となる。
2019年(平成31年)業務拡充とグループシナジー向上を計る為、三松堂印刷板橋工場へ機能を移転する。

ご挨拶

戦前、戦後、そして現代、厳しい状況を乗り越え今日の映文社に至っておりますのもひとえに日頃より御付き合い頂いております、お取引先様、お客様のご愛顧の賜物であります事、心より感謝御礼申し上げますと共に皆様の御健勝と御多幸をお祈り申し上げます。

温故知新という言葉を当社の信念とし、お客様への情報提供元の出版社様、発信社様から更にそれを求めているお客様皆様への橋渡しとしてこれからも貢献し続ける為、私たちは常にお客様、出版社様の声に耳を傾け、的確に応じていける体制を整える為に常にそれに則した変化、常に変遷し続ける時代に伴った成長、サービスの構築をし続けなければなりません。

常に今出来る最大限を心がけ、お客様に最大限何が出来るかを社員皆が考え悩み想像をし、結果検証の元、構築して行動していくチーム作りを心懸けていきます。様々を乗り越え、それが社員の自信と成長に繋がり、個性が光り、やりがい、お客様貢献への熱意が育ち、そして会社の成長に繋がると信じております。

どんなにコミュニケーションツールが充実しても、「本」「出版物」という形ある一つの思いがつまった宝物を生み出す出版社様のご繁栄。

そして貢献。世の中に「本」「出版物」「紙」という形で思いを繋ぎ合う素敵なツールがコミュニケーションの道杖としての広がりが、変化を伴いつつも更に発展をし、後世にも繋がり続けていくこと。形ある出版物や販促ツールから感じた読み手の思いや、想像力は又次の何かを生み出す。又、その時その場所で体感したことと、印刷物がお客様に寄り添い記憶に生き続け、人生のちょっとしたお役に立っていくこと。そんな素敵な価値ある循環がずっと続いていきますように。

当社社員一同はお客様の御要望を細かく汲み取る為、お客様の元に速やかにお出向き致します。コツコツとお客様と向き合うその姿勢を大切に、そしてより向き合っていけるように今後もお客様と共に成長し続けて参ります。今後共皆様のご指導ご鞭撻、変わらぬご愛顧の程、何卒宜しくお願い申し上げます。

佐藤恵